石川県に引っ越してきてもうすぐ2年となりますが、7月に地域の食文化をテーマにコラムを書くならば、外せないテーマが「氷室饅頭」でしょう。すでに氷室饅頭の時期を過ぎた7月末ですが、また来年までやってこないこの話題を、是非とも7月中に書いておきたいと思います。
「地域の食文化を楽しむ暮らし」を提案する weave は、暮らしに根ざした食文化が今もなお色濃く残る石川県小松市を拠点に発信しているのですが、そんな小松の季節の味わいや暮らしの工夫で食文化を楽しむライフスタイルを、weave の編集長をしています瀬尾裕樹子(せのおゆきこ)が移住者だからこその目線で切り取り、この連載を通じてお届けしています。
県外の方でも、金沢などに6月後半から7月に入る時期に旅行に来たことのある方は見たことがあるかもしれません。
詳しい説明はいたるところでされているので譲りますが、将軍への献上品として氷を保存している氷室を開け、江戸まで運ぶ道中の安全を祈念して饅頭を作ったことがはじまりとされる氷室饅頭。
言ってしまえば、酒蒸しの薫りがふわっと心地いい、酒饅頭です。
でも、
「どこにでもある、ただの酒饅頭でしょ?」
と、侮るなかれ。
6月下旬から7月の頭あたりになると、毎年様々なところで同じ商品が売り出されるからこそ、それぞれに味わいの違いが目の当たりになる瞬間でもあります。
あんこが美味しいお店もあれば、皮が美味しいお店もある。
あんこと皮の絶妙なバランスも重要です。
そうそう、毎年、氷室饅頭を買うお店を決めている人も少なくない模様。
うちはこのお店で、と、いつもの決まったお店で、夏の風物詩をおつかいものにする方もいらっしゃることでしょう。
そもそも、石川に来て驚いたこのひとつに、和菓子屋さん、お饅頭屋さん、お餅屋さんなど、あんこを使った“和”のお菓子を作っているお店でも、それぞれに住み分けが細かくあってお客様も使い分けていることがありました。練り切りなどの上生菓子やお干菓子といった茶席で出されるようなお菓子は和菓子屋さんだし、やはり大福などの餅菓子がおいしいのはお餅屋さんだったり、ふわふわの皮のお饅頭はお饅頭屋さん…と、ある程度おつかいものの先を知っているのはある意味、“石川県人の教養”とも呼べるのではないか、そんな風に感じてしまうほど。
お恥ずかしながら、いわゆる首都圏郊外のサラリーマン社会、団地社会のなかに育った日本文化に無知なわたしからすれば、饅頭もどら焼きも落雁も練り切りも、和菓子は和菓子、なんて思っていたのです。まさに、「餅は餅屋」の“餅屋”は、ことわざの世界だけではありませんでした(笑)。
石川に来て、日本の伝統的な食文化は社員数10人以下の家族経営が少し大きくなったくらいの小さな企業が支えていることを肌身を持って実感しているのですが、餅は餅屋の文化がきちんと残るために必要なのは、そんな“食べ手側のリテラシー”があってこそ、かもしれないと強く思った次第。
もっとも、そんな石川でも、江戸時代から続くのれんの老舗の和菓子屋さんさえも氷室饅頭を作り出したらしい、と聞いてびっくりした、なんて話をつい最近姑から聞いたような気もするので、ちょっぴり世知辛さを感じたりもしています。
それでは今日はこの辺で。