いよいよ年の瀬も迫り、早くも初雪予報が出ている地域もありますね。秋晴れの気持ち良い天気だなぁと思っていたら、急にどんよりとした曇り空になり天気が急変する経験をしたことがある方は石川県にお住まいだと多いのではないでしょうか。そうした天気は本格的な冬の到来を知らせてくれます。
冬の北陸はどんよりした曇り空に風が強い印象をお持ちの方も多いのではないでしょうか。今回はそんな冬に吹き荒れる風についてのお話です。
“コラム”あいの風”では能登在住で、趣味の写真を通して能登の風景などを発信している又木が、 季節ごとの能登の暮らしを地域に根付いた方言に注目して紹介していきます。 言葉はその土地に住む人々や地域社会の歴史に積み重ねられた生活文化。 僕が切り撮った能登の風景とそれにまつわる方言や暮らしの様子をお楽しみください!
11月の言葉タバカチ
石川県能登半島の冬。冬の日本海といえばどのような姿を思い浮かべるでしょうか。
凍てつくようなシベリアの大陸から強く吹き出してくる寒冷な季節風を能登ではタバカチと言います。これは福井県以北の日本海沿岸の「タマカゼ・タバカゼ」と同じ意味で、初秋から吹く強い北西風のこと。この風が吹くと海は大時化となり、いくら天気が良く波一つ立たないベタ凪でも雲の流れ具合から「明日はタバカゼ(タバカチ)やぞ」と言えば、大時化になるぞという意味を持っています。
初秋から冬にかけ大時化に急変させるこの風をやっかみ「風がタバカル(嘘をつく)」ことからタバカゼ(タバカチ)とついたと思っている人も多いですが、この意味は当たらないとされています。
ちなみにタバカチの語源は魔風とも言われるほど荒々しい風なのです。
このタバカチは地形により風向きが異なり、例えば僕が住む能登町でも旧内浦以北では磯に寄せる波も大きく、それ以南では沖は荒れても磯は凪ぐことが多いです。このような風を僕が育った近所の集落では「サザエモンのバーサマ風」と言ったそうで、海が荒れて逃げ帰った漁師を磯で海藻やサザエなどをとるお婆さんが沖を知らずに笑ったことからと言われています。
また、タバカチは七尾市石崎地域に伝わる能登舟漕ぎ唄の中にも見られ、最後の節に「あいの朝なぎ 下りの夜なぎ 真風たばかち 昼になぐ」とあるなど、漁師たちの間でも生業の中に風が関わっていることが見えます。
冬の風景、間垣の里大沢
能登にはそうした冬の荒々しい風を凌ぐために暮らしの知恵を活かし文化的景観を今に伝える地域があります。
それが能登半島の北部、輪島市の中心から車で25分ほど行ったところにある大沢という集落。能登半島の平野が広がる内浦とは違い外浦は山々のそばに海が広がり、峠を抜けた場所にその集落はあります。
大沢の最大の特徴は竹の垣根で家々を囲まれていること。なぜこのような光景がこの場所では見えるのでしょうか。
この家を囲んだ竹のことを間垣と言います。間垣とは日本海から吹き付ける冬の強い季節風から家を守るために、長さ約3mほどのニガ竹という細い竹を隙間なく並べて作られた防風壁のこと。
板張りとは違い風を優しく受け止め、竹には隙間が生じるので強い風もいなす効果があり壊れにくい構造になっています。ちなみに夏は風を通し日差しを遮るため涼しいのだとか。
この辺りは山と海に囲まれ狭く、その中で農業や目の前に広がる海での漁業により人々の暮らしが営まれてきたことが分かります。
そうした半農半漁の生活の中で間垣がある風景は、能登の里山里海の生活や生業を知る上で欠かせない景観なのではないでしょうか。海と共に生きる人の知恵と力強さを感じました。
海岸に舞う”波の花”。冬にだけ見られる奥能登の風物詩です。
季節風が強い日に岩などに打ち付けられた波が泡となり舞う現象で、海中のプランクトンの粘液が波に揉まれることで波の花となります。波の花の発生条件は風が強く波が高いことと言われていますが、能登半島の曽々木・真浦海岸から狼煙までの外浦一帯で発生し、11月下旬〜2月下旬頃に見ることができるそう。
今回風についての方言でしたが、実はそこから能登の暮らしの風景や生活の知恵が見えてきました。
間垣にしても、能登の厳しい冬の自然と共存してきた先人たちの生活の知恵がもたらしたものだったのです。
そこに何か美しさのようなものを感じずにはいられません。これからもそんな暮らしの中に根付く方言や風景、生活の知恵を追いかけていきたいと思います。
文・写真:又木実信