季節や地域の自然を感じるプロダクトをキュレーションし、そのストーリーを紡ぐ特集企画『sense of nature #素材感覚』。その一つとして、石川県小松市の谷口製土所が独自にプロデュースしているテーブルウェアブランドHANASAKAのuneシリーズを取り扱わせていただいています。今回お話しを伺ったのは、このブランドの発起人であり、谷口製土所の3代目・谷口浩一さん。70年に渡り九谷焼の粘土作りをしている製土所が、このうつわを生み出した経緯やその想いを訊ねました。
家業を継ぐまで知らなかった、伝統工芸の窮地
−− 谷口製土所はテーブルウェアをプロデュースしていますが、本業は粘土屋さん。そもそもどういう経緯で家業を継ぐことになったのでしょうか?
「元々僕は全く継ぐつもりはなかったんです。だけど、いろんなタイミングが重なったことがきっかけになりました。
僕が32歳になる年の正月、父とこの仕事をどうするかということを初めてじっくり話をして。それまでも、前職の会社で働きながら頭の片隅で“家の仕事どうしようか”って思っていましたが、そういう話を父としたこともなかったんです。ただ、継がなかったらどうなるだろうとは思っていました。
製土所のスタッフが高齢でまとめて退職したので、当時半年か1年程、父が全ての業務を一人でおこなっていた時期でもあって、それも気になっていました。そのタイミングで、前職の仕事が自分の中で一区切りついたこともあり、やってみようかなって。」
−− 九谷焼に使われる粘土をつくっている製土所は現在2社しかないと聞いていますが、そのときすでに九谷焼の粘土屋さんは2社のみになっていたんですか?
「もう2社だけでした。実はこの仕事をするまで2社しかないことも知らなかったんです。
こういう話になると、九谷焼の未来のためとか自分がやらなきゃっていう使命感があって継いだんですかってよく聞かれるんですけど、全然そんなことない。業界が今どうなっているか、とか絵の具屋さんがあと1軒しかないとか、そういう危機的状況だと言うのは一切知らなかったんです。
この仕事を始めてから“やってくれてよかった”という声がどんどん出てきて、そうだったんだなーと。」
時代ごとの変化を経て、今の九谷焼の粘土に
−− 粘土屋さんの仕事について教えてください。粘土作りは何から始まって、どういう行程で進んでいくのですか?
「九谷焼のもととなる花坂陶石の採石場を管理している窯元組合より、陶石を買うところから始まります。地域の土建屋さんが重機で掘った陶石をダンプで運んでもらって。
谷口製土所の場合はその後の作り方が大きく分けて2種類あります。一つは細かく粉砕した陶石に水簸(すいひ)という作業を行います。そこで粘土になるところとならないところを分け、粘土になる部分だけ沈殿させたものに、振動ふるいや電気磁石を通して不純物を取り除き脱水する、というもの。もう一つは、必要な原材料を全て計算してミルの中に入れ一気に擦る方法。いわゆるミキサーのような作り方ですね。
原始的なことを言うと、おそらく昔はこのような行程もあまりなく、鉄粉なども混ざったままで粘土は作られていたと思いますし、今のように素地もきれいなものではなかったんじゃないですかね。
作風はもちろん、作る行程も時代ごとに背景があって、それを経て今の形になっているんだと思います。たとえば、昔の九谷焼って白い部分がほとんど見えないくらい絵付けをしていたじゃないですか。でも段々それが白いところも活かすようになって、ワンポイントだけの九谷焼も今はいっぱいある。
ほかにも、洋食器の時流で白い器がいいとされていた時代もあるわけで。その流れに沿って、九谷焼もより白いものへ、白いものへって洗練されていったんじゃないかと思うんです。そうすると鉄粉が気になるとか、取り除こうってなってきますよね。そうして改良していきながらたどり着いたのが、現在の粘土作りの行程なんだと思います。」
−− 花坂陶石には他の産地の陶石と比べてどんな特徴がありますか?
「粘り気があって吸水性も高いので、乾きづらいですし手作業に向いている粘土ができあがります。石の粒子同士が結びついた構造がスポンジ状になっていることで強い粘りが生まれるそうです。
谷口製土所の周辺には置物の素地を作っている窯元やロクロ挽きの窯元が多くありますが、そういった手仕事に合う陶石だと思います。
粘土の原料である陶石というのは、鉱物でいうところの長石のこと。風化が進んで、最終的に粘土になるんですけど、その途中段階を陶石っていうんです。だから粘土作りにとって良い石というのは、風化がより進んでて、粘土に近いもの。
同じ採石場の中でも風化が進んでいる部分と、そうでない部分がありますし、良い石から優先的に掘っていくじゃないですか。そうすると、段々長石部分の多い陶石が残ってくるので、自ずと年々廃棄する部分が増えてきているんです。」
新しいことの積み上げでしか伝統はつくられない
−− 粘土屋さんの仕事をしながらも5年程前に立ち上げたのがHANASAKAという器のブランド。このブランドの立ち上げに至った背景を教えてください。
「元々家業に入るときに粘土作り以外のこともやってみたいと思っていたんです。自分は家業としてこの仕事を残していきたいとは思っていなくて。たとえば自分の子どもが継がなくても、ひとつの会社として誰かが継いでいってもらえれば、産地の中で粘土製造業っていうのは残していけるわけですよね。一緒に働く人が出てくるには、まずは興味を持ってもらわないといけない。製土所として粘土だけを作っている間は会社として広く認知されないので、まずは“谷口製土所”という名前を多くの人に知ってもらいたいという気持ちがありました。
やっぱりひとつの企業としていろんなことに挑戦したり成長したりする中で、それが結果として産地のために繋がることもあると思っているんです。使命感のために粘土作りってなると、どうしても仕事の幅も狭くなりますし、産地の中で限られたことしかできなくなってしまいますよね。なので、あくまで企業としていろんなことをやっていきたいっていう想いもあって、その一つとしてブランドを立ち上げました。」
−− このブランドは粘土屋さんのリソースを活かしたプロダクトが誕生している感じがします。
「僕がこの仕事を始めたころはなんとなく若い人たちの“九谷焼って古くさい”というイメージもまだ多少残っていた気がします。でも KUTANI SEAL などの遊び心溢れる九谷焼が売れ始めている時期で、もう少し新しい層も含めて広く九谷焼ってものに興味を持ってもらえるような形には出来ないかなと思ったんです。
昔ながらの九谷焼が好きって人はそれはそれでいいんですけど、このブランドでは九谷焼らしい九谷焼ではないものを作ろうと思いました。そういう中でその素材に興味を持ってもらったり、粘土作りをしている谷口製土所のことも知ってもらったりできればと思って。
九谷焼って、絵付けももちろん素晴らしいんですけど、どうしても絵に目がいってしまいがちですよね。僕は普段粘土を作っているので、素材の良さとか、その素材を扱う轆轤をひく人たちの高い技術が表現できたらなと思って。
こういったプロダクトを作っていると、これは九谷焼なのか?という驚きというか、そのようなことは今でもずっと言われます。ただ、展示会とかに出ているとバイヤーさんとお話しすることも多いのですが、皆さん“絵がなくても九谷焼なんですか?”とは聞かないんです。こういうアプローチの仕方として柔軟に九谷焼を捉えていて。だから新しい発見的な意味で“これも九谷焼なんですね”と言われることが多いです。」
−− 伝統工芸全般に言えることかもしれないですが、長い歴史の中で育まれたものだからこそ“九谷焼とは”ってなかなか定義が難しいですね。
「伝統工芸って、歴史の上で新しいことを生み出して続いているものだと思うんですけど、新しいことをしていく中で、消えていったものもたくさんあるだろうし、それで残ってきたものが今の九谷焼をつくっているわけですよね。
だから別に、九谷焼ってこういうものだからとか、こういう形でこういう絵付けをしなければならないということはないと思うんです。新しいことの積み上げでしか伝統ってつくられていかないんだなって思っています。」
限られた資源の中で、廃土を活かしたい
−− 今回の特集企画『sense of nature #素材感覚』では、HANASAKAのuneシリーズを取り扱わせていただくわけですが、どういったことから生まれたシリーズなんですか?
「花坂陶石は年々廃棄する部分が増えてきていると先ほどお話ししましたよね。いつも粘土をつくりながら廃棄しなければならない残土がどんどん山のようになっていくの見ていて、資源も限られたものですし、それらを何かに活かせないかなって考えていたんです。ただ、いきなり全く違う分野に応用しようっていうのは難しくて、自分たちの中でブランドもありますし、その中で廃土を使ったものづくりをすることにしました。
uneシリーズは水簸の行程で粘土にならない廃土を釉薬にして使っています。なので花坂陶石の粘土になるところでボディを作って、これまで廃棄していた部分で釉薬を作る。陶石をバラして、また一つに焼き上げているというイメージですね。」
−− 廃土を活かした焼きものをつくることにしてから、どのような段階を踏んで今の形になったのでしょうか?
「元々理想とする釉薬のイメージがあったんです。今よりももう少し色のついたもので。もちろん廃土を使ってその釉薬作りをしていたんですが、いざ作ってみるとなんだかわざとらしさが出るな、と思ってしまって。言ってみれば廃土を使わなくても成り立ってしまうんです。なので、もう少し廃土の自然な雰囲気を出したいと思って、いろんな試験をしました。廃土だけでは釉薬はつくれないので、材料の配合を調節しながらテストケースをたくさんつくりました。
また、一般的な九谷焼の白い素地は還元焼成という焼き方で、窯の中にガスを入れて化学反応を起こして白くなるように焼いているんですが、今回は酸化焼成といって、窯の中の酸素だけで焼く方法を採用しています。焼き上がりが白くならず、自然な色合いのうつわになります。現在、ほとんどの窯元が還元焼成のみでおこなっていて、酸化焼成する窯はとても少ないんですよ。
採れた陶石のうち、粘土になる部分は8割程。残りの2割は廃棄になってしまう。この une シリーズで使える量もそれほど多くないので、焼きもの以外の分野に利用できないかも含めて活用法を考えていきたいと思っています。」
プロダクトのストーリーやその産地らしさを買う時代
−− 九谷焼の原料を扱う粘土屋さんだからこそ、自然界からの恵みを目の当たりにするお仕事をされていると思うのですが、そういう意味では自然の資源に対して感じることは大きいですか?
「普段仕事をしながら感じることはそこまで多くはないですけど、九谷焼らしさっていったいどこにあるんだろうって思ったときに、ふとなんで自然のものをとってきて、加工して、本来あるものを一部取り除いて、わざわざ白くてきれいなものをつくらなきゃいけないのかって考えることはあります。
たとえば、有田も瀬戸も九谷もみんな白い生地を追求していったら、素地の産地の違いってなんなんだろうって。だからもう少し鉄粉や色も含め、花坂陶石らしさの出たいろんな素地がもっとあってもいいんじゃないかって思います。
もちろん現在のニーズに沿った粘土作りも産業のためにおこないますけど、それだけでもないんじゃないですかね。今はスタンパーを使って作られた粘土が主流ですが、今後ニーズが分散して、ミルで作られたものとか、いろんな作り方の粘土が求められたら今より廃土も減るかもしれません。」
−− 元々九谷焼は陶石の性質上、鉄粉が混ざりやすいということから、昔はあえて所狭しと絵を描いていた、と聞いたことがあります。une はその背景を、現代的に解釈した結果のようにも見えるかもしれませんね。
「近年の消費というのは、単純にモノだけを見て買うというより、その商品の背景やその土地らしさなどを理解して買いたいという人が増えてきたと思うんです。実際展示会などでも、九谷焼はやはり皆さん白いベースに絵付けがされているイメージがあるみたいで。une はベージュ一色ですが、すごく“きれい”って言われたんです。九谷焼ってこういうアプローチをしないからめちゃめちゃいいねって言っていただいたんです。
いろんな粘土の種類があって、いろんな素地があればいいと思うんです。今は鉄粉とかが含まれていると全部B品扱いされるじゃないですか。そこをもう少し違うものづくりの視点に変えていかないと。窯元に行くとB品などで廃棄しているものがたくさんあるのも事実です。」
−− 今回のシリーズは、より一般家庭の日常的な食卓に自然と合いそうなものが多い印象です。食卓でどのように使ってほしいとか、どういうシーンで使ってほしいなど、考えられていることはありますか?
「形に関しては、持ちやすさや普段使いのしやすさを考えて作りました。同じものを長く大事にしてくださる方に使ってほしいという思いがあるので、ベージュというシンプルなカラーのものにしています。また、環境に良いものを暮らしに取り入れている方も最近ではたくさんいらっしゃるので、そういう方達の暮らしに寄り添うことができたら、このシリーズのエシカルな背景にもぴったりなのかな、と。
日々の暮らしの中で、正直毎日豪華なご飯なんて作れないじゃないですか。でもHANASAKA の器をつかうことで、少し気分が上がるような、そんなお手伝いが出来ればなと思っています。」
花坂陶石が採掘される小松市は陶石の採掘から粘土をつくる製土所、成形して本焼きする製陶所から絵付けを専門とする作家や職人まで、九谷焼に関わるエコシステムが現代においても成り立っている唯一の産地。
さまざまな立場から九谷焼に関わるひとたちが、九谷焼とは何かを考えながら日々研鑽している地域でもあります。そんな地域だからこそこの HANASAKA の une シリーズも生まれたのかもしれません。
今後、une シリーズを含め、連綿と続く九谷焼産地の新しい挑戦がより楽しみになるお話しでした。
取材協力:谷口製土所
〒923-0832 石川県小松市若杉町ワ124
TEL 0761-22-5977/FAX 0761-22-5952
E-mail seido99@ruby.ocn.ne.jp
WEBサイト http://www.taniguchi-seido.com/